インタビュー

一般社団法人高齢者の見守りとコミュニティづくり促進協議会
岩手県立大学名誉教授 小川晃子様

「カルティブと出会えたことがラッキーでした」
高齢者見守りシステムを取り巻くさまざまな課題との戦い

一般社団法人高齢者の見守りとコミュニティづくり促進協議会

高齢者が家庭の情報通信機器を使い体調を発信し、具合の悪さや、発信がない場合を検知する「お元気発信システム」の開発や、AIスピーカーを用いた服薬支援の研究を進めている。
「北いわてにおけるAI/ICT活用による能動的見守り」のプロジェクトは2021年度のプラチナ大賞、審査委員特別賞を受賞。

インタビュー:
一般社団法人高齢者の見守りとコミュニティづくり促進協議会代表理事
岩手県立大学名誉教授 小川晃子先生
カルティブ 竹村

「お元気見守りシステム」の研究と構築は、
次から次へと浮かびあがる課題との戦い。

− 小川先生の自己紹介をお願いします。

小川
岩手県立大学名誉教授、一般社団法人高齢者の見守りとコミュニティづくり促進協議会代表理事です。元々のキャリアは民間のシンクタンクで、日本の福祉情報化と言う領域で仕事をしていました。

− 高齢者の見守り・お元気発信についてお聞かせください。

小川
この北東北3県は過疎化も高齢化も進展している地域です。隣近所がみな高齢化していると、相互の見守り合いや生活支援ができなくなってきます。特に岩手は圧倒的に人口密度が低いことが問題をさらに深刻化させています。
私は、43歳の時に岩手県立大学社会福祉学部の教員になり「地域におけるコミュニティづくりを支援したい」と言う気持ちで研究や活動をしていました。そんな中、川井村(現在宮古市に合併)でお話しをしている中で、緊急通報を発信しない人が多く役にたたないという話から、高齢者の見守りをどうするかを一緒に考えるようになり、お元気発信というインフラづくりの研究に着手しました。
平成19年当時「Lモード電話機」と言う製品があったんです。アナログ電話でもインターネットに接続できる画期的な製品で、それを使って高齢者の毎日の体調を報告してもらうお元気発信システムを川井村で作りました。
日本経済新聞社主催の日経地域情報化大賞2007、日本経済新聞賞をいただきました。選考時に「デジタル化が進む中でLモード電話機みたいなハイブリッドな装置はローテクだ」云々の議論もあったようですが、こちらは「老テク」ですよ笑。その後、NTTも平成18年には「Lモード電話機」の事業から撤退してしまったんですが、岩手県の社会福祉協議会の目に留まり、厚生労働省の助成を受け調査研究を継続することになりました。
平成21年から平成22年まで総務省の助成金を岩手県がもらって、固定電話でも携帯電話でも使える能動的な安否発信である「お元気見守りシステム」を一緒に開発しました。
これを事業化して岩手県全体に広げようっていうときに、東日本大震災が起きたんです。
岩手の社会福祉協議会も災害ボランティアやその対応に追われることになってしまいました。
仮設住宅でも高齢者の孤立死は大きな問題でした。
私は研究者として「お元気見守りシステムはその問題解決のツールに使える」と、繰り返し説明を続けました。その苦労の甲斐あって現在、岩手県内の市町村社協の中の半数はこれを利用しており、今後も継続する意向を示しています。けれど、もう半数には未だ理解を示してもらえていません。でもまだ諦めていません。この度、プラチナ大賞を受賞できたことを追い風に、やっと市町村社協向けのワークショップの開催まで漕ぎ着けました。

− カルティブとの関わりについてお聞かせください。

小川
釜石に鵜住居という地域があり、震災後そちらの仮設住宅に色々な支援が入ってきました。仮設住宅の見守りセンターでは「お元気発信」を普及しようとしていましたが、そことの調整も不十分なまま複数の連絡員の方々が仮設住宅を歩き、安否確認をしていました。
「誰がどこの安否を確認したのか共有されてない」という問題が浮上し「タブレットを使って、地図上で記録を共有したい」と私が提案したところ、それを実現してくれたのが、当時NTTdocomoの東北復興新生支援室にいらっしゃった池田さん(現:カルティブ)たちでした。開発から支援員さんたちへの教育まで本当に迅速にやっていただいて、本当に助かりました。


震災後の釜石の仮設住宅

運用が始まるとまた新しい問題が浮上しました。認知症の方や難聴の方はお元気発信自体が難しいんです。その課題については、医療方面から導入された血圧での見守りセンサーや、電力使用センサーなどを重層的に導入し、見守られる側によって使い分けるシステムをつくりました。この結果、自殺への対応や救急搬送など異変の発見ができるとともに、人による見守り体制を補完することができ、手応えを感じることができました。
釜石市の平田という地区に展開した時は、複数の見守り情報を一元化するシステムも池田さん方に作ってもらいました。
また、その頃に池田さんに協力していただいて、NTTdocomoが発売する高齢者むけのらくらくホンに入っている「つながりほっとサポート」というアプリの開発にも携わりました。
この開発には、高齢者のみなさんに開発当初からご協力をしていただき、センサーなどの不確実性の高いものと能動的な高齢者のアクションを組み合わせることで、つながりや見守りを目指したものです。
このアプリケーションは、今でも多くの方に使っていただいていて、NTTdocomoの「つながりほっとサポート」のサービスを紹介するページには私と共同で実験が行われたことが書かれています。
参考:つながりほっとサポート
サービスページ
実証実験に関する紹介ページ
2019年に岩手県の政策地域部で北岩手の過疎化・高齢化している地域で様々な問題解決を実行していく流れが生まれました。それまでは保健福祉部と連携して活動していましたが、今度は政策地域部と連携し活動することになり、岩泉町と岩手町をモデルに研究を開始しました。岩泉町には「ぴーちゃんねっと」という光ファイバーの電話機が全戸に入っていて、町の住民同士のテレビ電話があって、町からのお知らせやアンケートも届けられるんです。これは話が早かったです。ぴーちゃんねっとで「今日のおかげんいかがですか」ってアンケートを流してもらうことで、県内で初めて無料のお元気発信ができました。安家地区で社会実験が成功したので、他地区への普及は町の事業として取り組んでいただいています。
岩手町の方は対象的で、豊岡地区というところはほぼ全部のお宅がアナログ回線のお家でした。お元気発信も「1元気」「2少し元気」「3悪い」という番号発信ができません。そこで、かければ「安否の安」と認識する「かけるだけ発信」にして利用していただきました。導入すると、立て続けに家のなかで倒れているという異変を把握することができ、救急搬送・入院へとつながりました。そのことが伝わると、お元気発信利用率が高まるという効果にもつながりました。
岩泉町のぴーちゃんねっとは後々端末が旧くなって壊れた後の運用コストが課題ですが、ちょうどカルティブと一緒に取り組んでいた「服薬支援見守り」が役に立ちそうです。「服薬支援見守り」は池田さんにAIスピーカーを紹介していただいて、お元気発信の「今日も元気です」を声で言えるのでは?というアイデアから生まれたものです。その開発をカルティブに依頼し、現在もフィードバックをもらいながら実験を継続中です。


2012年に導入したタブレットの管理画面

竹村
小川先生が検証結果をレポートし、そのレポートをもとにカルティブがチューニングして、というのを繰り返しています。
小川
昨年、カルティブにご協力いただいて、私は一般社団法人高齢者の見守りとコミュニティづくり促進協議会を設立でき、いきいき岩手支援財団より助成金をいただきました。
竹村
一般社団法人を設立した経緯としては、小川先生が岩手県立大学を退官されたことが一つの契機になっていて、それまでは大学を軸とした研究活動をされてましたけど、先生の研究自体を継続させるための母体組織として一般社団法人を立ち上げる必要がありました。先生の研究が切実に必要な方は多くいらっしゃるんですが、残念ながら現在その領域に対して経済的な優先度は低く、まだ追いついていないものが多いというのが正直な現状です。その中で「この研究をどうにか残していかなきゃいけない」という使命感のもとに、設立を支援させていただきました。


くすりタイムの仕組み

"課題や障壁と向き合いながら
段階的に取り組みを成長させていくしかない。

− 現在のお元気発信の研究課題を教えてください。

小川
高齢社会の中で見守りシステムの開発は急務なのに、各市町村でその取り組みがなかなか進まない。大きな理由として、福祉分野では制度化されていない事業はなかなか導入されないという背景があります。既存の行政組織の多くは人材不足で、現状の業務以上のことをやる余裕を持てない。そんなことが起きています。本来は、ICTを活用することで業務の効率化も質的向上も図れるはずなのですが...。
なので、見守りセンターは各地域の資源に応じて対応できるバリエーションが必要になります。行政や社協でなくても、やる気がある組織があれば見守りに手を挙げてほしい。
盛岡市の松園という地域では「まごのて」という福祉事業者さんが、会員制事業で利用者さんにタブレットを渡して、配食弁当や買い物代行をする中でお元気発信を担っているんです。このシステムは池田さんのお友達のプロネッツっていう会社と一緒に作りました。
そんな風に、福祉事業の中に取り込むこともできます。
そのほかにも、健康なお年寄りが健康ではなくなった高齢者の方たちを見守るケース、引きこもりの方が社会と接点を持つ第一歩として毎日決まった時間に必ず電話するケースなど「見守りシステム」は様々な形で成立させられるはずなんです。ICT活用は一つのやり方なんですが、それに社会技術としていろんな地域資源を当てはめていくっていう方式が有効です。
竹村
私は、当事者として遠隔にいるその家族の見守りが必要になり、この研究の有用性を実証実験の時に体感しました。当事者にならないとわからないことで、優先順位が先送りになっているのかもしれませんね。
小川
そうですね。そして見守りシステムの方法や効果を学会などで発表しても、問題になってくるのはいつだって資金です。運用を継続するための費用が捻出できず、実験段階で止まってしまう場合もあります。
例えば、スマホを導入しての血圧見守りは高齢者にスマホ端末を用意するコストが必要になります。そういった資金を理由に持続可能性を検討していくと、結局最後に残る手段は固定電話の回線を活用することなのです。私の活動は「見守りシステムを構築するコスト」との長い戦いです。
竹村
例えば、見守りシステムを民間で月額会員制のサービス事業に展開もできそうですが
見守りの成立が、福祉制度として導入されるのと民間の事業として導入されるのはどちらが望ましいですか?
小川
もちろん福祉制度としての成立です。実は郵便局のサービスにも見守りはあるんですが「地域見守り」ではないので緊急性が高い時にどこまで対応できるのかが課題だと感じています。岩手県においては県社協が用意している無料の「お元気発信」があるのに、有料のサービスが利用されるのは広報力の不足を感じてしまいます。
ICTを活用した見守りとして「緊急通報」がありますが、このシステムも限界があり、これを変えていかないといけない。各市町村ごとの状況を整理し、せめて一般福祉の範疇で緊急通報だけではない見守りを検討するよう働きかけていますが障壁は大きそうです。
竹村
やはり実証実験をしながら行政と連携し、その中で自治体単位での取り組みに成長させるというステップが必要ですね。

人に頼る、社会やインフラに頼ることを
お元気発信で学んで欲しい

小川
「見守り」って「無事であればいいな」という祈りを込めて継続的に見るということだから、高齢者に対してだけではなく、子どもや患者、障害者などいろんな分野に成立するものなんです。岩手県においての研究フィールドは高齢者ですが、高齢者以外にも見守りが必要な孤立した方は全国にたくさん存在します。
また、そういう孤立した状況下において、心の壁も問題です。
救急車を呼ぶことへの抵抗や、周囲に迷惑をかけたくないという気持ちで助けを呼べずに亡くなる方も多い。その障壁を解決するためのお元気発信でもあります。こうしたシステムを利用することにより、人に頼る、社会やインフラに頼ることを学んでいただきたいです。

− カルティブへの印象やコメントを聞かせてください。

小川
私はカルティブと出会えたことが大変ラッキーでした。社団法人もカルティブのご協力なくしては成し得ませんでした。
本当にいいベースができました。退官後にこんなに一緒に活動していただけるのは本当にありがたいですよ。なので、これを本当に有益な活動に成長させて恩返しできたらと思っています。
竹村
小川先生が先日受賞されたプラチナ大賞などは、我々にとっても非常に励みになります。
小川
プロジェクト自体カルティブなくしてはできなかったことです。池田さんと竹村さんが「社団法人を作ろう」と提案してくださって、プラチナ大賞を受賞してからその意味をさらに実感しました。大学を退官した後に母体を持って活動していることへの評価も大きいようです。お二人の先読みは正しかった。
竹村
池田は元々この取り組みに強い使命感を持っていました。
私は自分の親が当事者だったので、その中で本当に研究の中ですごくありがたいインプットを得ました。小川先生とカルティブのこの取り組みは、社会問題としては先端の先端という領域なので、本当に実験と挑戦の繰り返しです。
踏み込むたびに新しい課題が次々と出てきて、一つ一つ突破しないといけない。
その先陣に立って研究を進めている小川先生を、カルティブの持っている知見でサポートしていくつもりです。

遠隔医療学会のでAIスピーカーを活用した服薬支援システムの効果と課題
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プラチナ大賞

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